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実語教について [睡夢庵 日々徒然]

【実語教について】

「実語教」とは平安末期から明治初期にかけて普及していた庶民の為の教訓を中心とした初等学習書といえるものです。 最近では死語になっている様ですが“修身”用の教本といえるでしょう。
寺子屋等ではこれと「童子教」、「庭訓往来」、「女今川」といった書を音読、習字教本としていましたので、或る程度の漢文も読める素養・道徳を身に付け得た事でしょう。 これが日本人の識字率が江戸期でも世界に冠たる高さだったという大元を支えていたのみならず、人口100万を超えた江戸を南・北町奉行各25人の与力と100人の同心で司法・行政・警察の3権を運営出来る程の治安の良さを生んだともいえます。 これに関しては牢獄が10年間使われなかったといった記録が残っているらしいです。 確かに江戸末期に日本国内を旅した外国人の旅行記等を読んだり、昔の日本家屋の構造から考えると窃盗すら極々稀な事だったのでしょう。

内容は経書(儒家経典の総称)等の中の格言を五言絶句48連に纏めた物で、生きる上での知恵、学問への向い方、道徳観についての教えを説くものになっています。

成立年及び著者に関しては不明ですが、1103年迄に編纂された《類聚名義抄》に既に記載されているので、これ以前に現在の形に纏まったものと思われ、既に鎌倉期には一般庶民にも流布され、教材として使用されていました。 俗説では空海(774-835)や護命(750-834)の作と云われていますが・・・

私自身は戦後生まれですので、「童子教」、「実語教」の全体像に触れたのは最近になってからですが、近年の日本人の素養の低下を鑑みるにこれ等を小学校前半で学ぶ必要があると感じます。
また、戦後に教育を受けた方々も一度は目を通して、身を処す一助とすべきものでしょう。

《実語教》

☆ 『世の役に立つ人間になろう』
山高故不貴 以有樹為貴 山高きが故に貴からず。木有るを以て貴しとす。

☆ 『智慧のある人間になろう』
人肥故不貴 以有智為貴 人肥えたるが故に貴からず。智有るを以て貴しとす。

☆ 『富よりも智慧を残そう』
富是一生財 身滅即共滅 富は是一生の財。身滅すれば即ち共に滅す。
智是万代財 命終即随行 智は是万代の財。命終われば即ち随って行く。

☆ 『宝玉も磨かねば光らぬ様に人も学問を身に付けねばならない』
玉不磨無光 無光為石瓦 玉磨かざれば光無し。光無きを石瓦とす。
人不学無智 無智為愚人 人学ばざれば智無し。智無きを愚人とす。

☆ 『身に付けた学問は失われる事はない。 日々精進する事が大事』
倉内財有朽 身内財無朽 倉の内の財は朽つること有り。身の内の財は朽ちる
            こと無し。
雖積千両金 不如一日学 千両の金を積むと雖も、一日の学に如かず。

☆ 『相手を思い遣る心と実践する才知を身に付けよう』
兄弟常不合 慈悲為兄弟 兄弟常に会わず。慈悲を兄弟とす。
財物永不存 才智為財物 財物永く存せず。才智を財物とす。

☆ 『幼い時より学問に励まねば後々悔やむ事になる』
四大日々衰 心神夜々暗 四大日々衰え、心神夜々に暗し。
幼時不勤学 老後雖恨悔 幼きときに勤め学ばざれば、老いて後恨み悔ゆと雖も、
尚無有取益 故讀書勿倦 なお取益有るを無し。かかるが故に書を読んで倦む
                          なかれ。

《四大》  地・水・火・風 を指す(仏教用語)

☆ 『学ぶと決めたならば自ら積極的に学ばねばならない』
学文勿怠時 除眠通夜涌 学文怠る時なかれ。眠りを除きて通夜に涌せよ。
忍飢終日習 雖會師不学 飢えを忍びて終日習え。師に會すと雖も学せざれば
徒如向市人       徒に市人に向かうが如し。

☆ 『常に復習を心掛けなければならな』
雖習讀不復 只如計隣財 習い読むと雖も復せざれば只隣の財を数えるが如し。

☆ 『欲心を持たず良い仲間と切磋琢磨しなければならない』
君子愛智者 小人愛福人 君子は智者を愛す。小人は福人を愛す。

☆ 『努力すれば必ず報われる』
雖入富貴家 為無財人者 富貴の家に入ると雖も、財無き人の為は、
猶如霜下花       なお霜の下の花の如し。
雖出貧賤門 為有智人者 貧賤の門を出ずると雖も、智有る人の為には、
宛如泥中蓮       あたかも泥中の蓮の如し。

☆ 『目上の人を尊敬しよう』
父母如天地 師君如日月 父母は天地の如し。師君は日月の如し。
親族譬如葦 夫妻猶如瓦 親族譬ば葦の如し。夫妻は猶瓦の如し。
父母孝朝夕 師君仕昼夜 父母には朝夕に孝せよ。師君には昼夜に仕えよ。

☆ 『友人・兄弟を大事にする事』
交友勿諍事       友に交わって諍う事なかれ。
己弟致愛戯 己兄尽禮敬 己より兄には礼敬を尽くせ。己より弟には愛戯を
            致せ。

☆ 『人間として大切なものは智慧と孝心である』
人而無智者 不異称木石 人として智無きは、木石に異ならず。
人而無孝者 不異称畜生 人として孝無きは、畜生に異ならず。

☆ 『精神の安定を得る訓練を行うべし』
不交三学友 何遊七覚林 三学の友に交わらずんば、何ぞ七覚の林に遊ばん。

《三学》  仏教の修行目的である「戒」・「定」・「慧」
・ 戒 良い行いを身に付ける
・ 定 乱れない心を育てる
・ 慧 真理に気付き心が安らぐ

《七覚》
・ 物事のありのままの姿に気付く
・ 心と体の夫々の働きの違いに気付く
・ 精進し努力する姿勢が生まれる
・ 精進や努力の結果、心に喜びを感じる様になる
・ 心や体が落ち着き、軽くなる
・ 心が散漫とならず、一点に集中できる様になる
・ なにがあっても心が揺れ動かず、いつも静かな気持ちでいれる様になる

精神はこの様な流れで育つものだという事の様です。

☆ 『相手を大切に思う心がなければ、苦しみに満ちたこの世を過ごせない』
不乗四等船 誰渡八苦海 四等の船に乗らずんば、誰か八苦の海を渡さん。

《四等》
・ 慈 相手に楽しみを与え、共に喜ぼうとする心
・ 悲 相手の苦しみを理解し、共にに悲しもうとする心
・ 喜 相手の幸せを共に喜ぶ心
・ 捨 差別無く皆に平等に接する心

《八苦》
・ 生・老・病・死 の四苦
・ 愛別離苦
・ 怨憎会苦  嫌いな人と顔を合わせる苦しみ
・ 求不得苦  欲しい物を自分の物に出来ない苦しみ
・ 五蘊盛苦  欲や思い込みの中で生きる苦しみ

☆ 『八つの正しい教えに沿った道は広いが十の悪心を持つ者はその道を恐れる』
八正道雖廣 十悪人不往 八正の道は廣しと雖も、十悪の人は往かず。

《八正道》
・ 正しく見る事
・ 正しく思う事
・ 正しく話す事
・ 正しく振舞う事
・ 正しく働く事
・ 正しく努力する事
・ 正しく心を集中する事
・ 正しく気付く事

《十悪》
・ 殺す
・ 盗む
・ 淫らな行為をする
・ 虚飾(うそ・いつわり)の言葉を使う
・ 二枚舌を使う
・ 悪口を言う
・ 貪る(欲張る)
・ 憎しみの感情を抱く
・ 道理が判らずに愚かな考えを持つ

☆ 『無理をせず生きる事は楽しいのに、だらしなく欲深な者はその楽しみを
   知ろうとしない』
無為都雖楽 報逸輩不遊 無為の都に楽しむと雖も、報逸の輩は遊ばず。

☆ 『老人には父母に対する様に、幼いものには我が子の様に接しなさい』
敬老如父母 愛幼如子弟 老いたるを敬うは父母の如し、幼きを愛するは子弟の如し。

☆ 『敬意を持って接すれば、相手も敬意を持って迎えてくれる』
我敬他人者 他人亦敬我 我他人を敬へば、他人亦我を敬う。
己敬人親者 人亦敬己親 己人の親を敬えば、人亦己が親を敬う。

☆ 『人の為に尽くせばそれが自分の為になる』
欲達己身者 先令達他人 己が身をば達っせんと欲せば、先ず他人の身を達っせしめよ。

☆ 『共に悲しみ、共に喜びなさい』
見他人之愁 即自共可患 他人の愁いを見ては、即ち自ら共に患うべし。
聞他人之嘉 即自共可悦 他人のよろこびを聞いては、即ち自ら共に悦ぶべし。

☆ 『善い行いは直ぐに真似をしなさい』
見善者速行 見悪者忽避 善を見ては速やかに行け、悪を見ては忽ち避れ。

☆ 『悪い行いは自らに帰り、善い行いは必ず報われる』
好悪者招禍 譬如響応音 悪を好む者は禍を招く。譬ば響きの音に応ずるが
            如し。
修善者蒙福 宛如随身影 善を修する者は福を蒙る。あたかも身に影の随うが
            如し。

☆ 『何事も学ぶを忘れると貧乏になったり下品になる』
雖富勿忘貧 或始富終貧 富むと雖も貧しきを忘るることなかれ。或いは始めに
            富み終わりに貧しいとも。
雖貴勿忘賎 或先貴後賎 貴しと雖も賎しきを忘るることなかれ。或いは先に
            貴く終わりに賎しくとも。

☆ 『遊芸は習うに難しく忘れ易いが読み書きは学ぶに易しく忘れにくい』
夫難習易忘 音聲之浮才 それ習い難く忘れ易しは、音声の浮才。
又易学難忘 書筆之博藝 また学び易く忘れ難しは、書筆の博藝。

☆ 『食の為には農を忘れず、命を養う為には学問を忘れてはならない』
但有食有法 又有身有命 但し食有れば法有り、また身あれば命有り。
猶不忘農業 必莫廢学文 なお農業を忘れざれば、必ず学文廃することなかれ。

☆ 『学びの第一歩はこの実語教の教えを実践する事にある』
故末代学者 先可按此書 故に末代の学者、先ず此の書を按ずべし。
是学文之始 身終勿忘失 是学文の始まり、身終つるまで忘失することなかれ。

補追)
経書とは
経書は元々は聖人の著作のみを指していましたが、後世には賢人の著作、言行録、一部の注釈書も含められる様になっています。
これには易経、書経、詩経、礼経、春秋経、論語、孝経、礼記、春秋左氏伝、春秋公羊伝、春秋穀梁伝、爾雅、孟子が含まれる

四書    大学、中庸(共に礼記の一編を独立させたもの)、論語、孟子
五経    易経、書経、詩経、礼経、春秋経
六経    五経に楽経を加えたもの


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